明日の備忘録(六ちゃんが綴るメモ)

3月21日

あのお米はもう食べられないのか

 先月、特別栽培米コシヒカリをネットで購入した。わけあって玄米10圓2,980円。格安だ。しかも送料込み。
 そのわけとは、減農薬のため昨年の猛暑で虫がついてしまったらしく、着色した米粒が多く1等米の基準を満たさない、との理由だ。
 見た目は、いまいちだが、黒い部分に味があるわけでもなく、味はもちもちネバネバしたコシヒカリ食感そのものだ。炊飯前に丁寧に取り除けば見栄えもよくなる。
 黒い粒を探しながら、まじまじと、ずんぐりむっくりしたコシヒカリの粒を眺め、減農薬米を消費者に届けたい農家さんの苦労に思いをはせた。
 次のお米は、近所のスーパーで買ってしまった。それが尽き、やっぱり、あのお米を頼んでみようと思った。
 資源ごみの段ボールに残された宅急便を見ると、福島県南相馬郡とあった。今は、ホームページも閉鎖され連絡もとれない。
 原子力な電気で炊飯していたことを思うと、さらに複雑で悲しい気分になった。


 
16時54分42秒 - 6chan - コメントなし TrackBacks

2月14日

余命宣告

 一昨日、知人の通夜に参列した。まだ40代。恥ずかしい姿をさらしたくないと見舞いを断っていたとか。親しい友人が見舞うと、「何でお前が来るんだぁ!」取り乱していたとか。

 もし自分が余命宣告を受けたらと、考えさせられた。

18時32分21秒 - 6chan - コメントなし TrackBacks

1月07日

製造業への派遣の見直し

製造業への派遣解禁とセットで、労働者のセーフティネットを充実させるべきだったんだろうけど、それは何も考えられてなかったのよね。と言ってみても後の祭り。
労働者の立場で、「製造業への派遣」今後を見直すことは大切なことだけど、為政者の立場で「製造業への派遣解禁」が正しかったのかどうかも検証すべきだと考える。
派遣解禁によって、日本の製造業は、本当に国際競争力を得たのだろうか?
無駄な余剰生産力を持たないこそがコスト削減につながり競争力の源泉であるとするならば、生産能力にフレキシビリティを持たせることは必須である。
どうやって、生産能力にフレキシビリティを持たせるにはどうしたらいいのか。人的資源を柔軟にするのが、幅広く適用できる安直な方法なのかもしれない。
逆に、安直な人的資源の柔軟性、すなわち製造業派遣に頼りすぎて、企業生産工程の技術的な改善を怠ってはいなかっただろうか。もし、そうだとすれば、長期的な視点で競争力が蝕まれてしまったいるかもしれない。
02時13分36秒 - 6chan - コメントなし TrackBacks

6月16日

駒の湯温泉が・・・

5年ほど前の7月の梅雨の最中に、宿泊したことがあります。土石流で倒壊し犠牲者が出ていることに心痛みます。いいお湯だったのに・・・。
行方不明者の一刻も早い発見と、お亡くなりになった方のご冥福をお祈りします。
10時40分16秒 - 6chan - コメントなし TrackBacks

12月10日

責任をとるのは、貴方ではなかったのに

自死した友人の偲ぶ会に出席してきた。涙が止らなかった。
二次会で愉快な記憶を語り合った。こんな機会でしか集まれないのが悲しい。
00時45分32秒 - 6chan - TrackBacks

9月21日

また・・

某山岳団体委員会の委員会で一緒のMさん。
つい先日、ご自宅の玄関で亡くなれていたのを発見されたとか。
なんでも異臭が漂っているとの通報があって発覚したとか。
死後数日経っていたようです。
まだ70過ぎ。いつもYシャツネクタイ姿でEXCELと格闘されていました。

ご冥福をお祈りします。

#なんか、今月は変死が多すぎないか・・・お祓いでもいくか・・
10時05分44秒 - 6chan - TrackBacks

9月04日

訃報2件

知人の訃報が2件重なった

1件は事故でネット上のnewsで知った。そんなことでは死ぬはずが無いほどの経験者なのに。
もう1件は、大学時代のクラブの先輩(今となっては、私とたいして年齢が違わない)の訃報。過労死だったらしい。

ご冥福をお祈りします。

==
過労死ではなく、服毒自殺らしいことが判明。
でも、本当に自殺か?
なに〜か、胡散臭いものを感じる。
==
00時22分12秒 - 6chan - TrackBacks

1月17日

阪神淡路大震災から10年

あれから10年。私自身は直接の被災者ではないが、当時京都に住んでおり震度5の揺れに遭った。午前中に取引先と打合せがあるので、早朝に出勤して資料を作成しようと、すでに出勤の身支度をしていた。初期のP波の弱い揺れからS波による本振まで、数秒となく「震源は近い!」と直感した。すぐTVをつけるが「東海地方で地震があったようです。」なんて言ってるが、そんなもんじゃないとすぐ感じた。6時のニュースも、6時30分でも、そんなに切羽詰まった感じではなかった。
 7時前には、最寄の京阪三条駅で電車を待つが、さすがに止まっていた。それでも7時30分に運転再開。急行に乗車。ダイヤが乱れていたので、会社のある京橋の駅についたのは9時すぎ。9時30分、400人ほど働いているオフィスビルだが、数人しか出勤していない。同期の広報部の女子社員が、散乱したオフィス、ビルの亀裂の写真を撮影している。
 とりあえず、オフィスを片付ける。慌しくなってきたのは、10時すぎに、奈良方面から人事部長が出勤してきたころだろうか。大阪本社から阪神間に住んでいる社員への電話連絡は既に困難になっていた。海外の拠点から電話するとつながりやすいらしく香港から電話をして安否を確認していた。
 あの惨状が、わかってきたのは昼の12時のニュースからだった。
10時13分30秒 - 6chan - TrackBacks