明日の備忘録(六ちゃんが綴るメモ)

中小企業診断士登録を果たしてから5年目が終わろうとしています。

 5年前。これから診断士として頑張るぞ!という意気込みと、ホントに仕事あるんだろうか、という不安。明日から診断士と名乗のれるんだという期待と、診断士証がいつ届くのかという、小さな期待。
 支部支会のイベントに参加したり、思いきいて支部のプロコン塾に通ってみたり。1年目に毎月通ったプロコン塾は、本当によかったです。これ、受講してなかったら今の姿はあり得ません。
 1〜2年目は、巨大企業向けの研修講師の傍ら、ときおり支会のMLに流れて来る案件に手をあげながら、徐々に中小企業支援の現場に入っていきました。
 報酬なしの商店街調査。真夏のさなか汗だくになってまわって、1日数千円にしかならない、某区の製造業実態調査。こんなんでやってけるだろうか。こんな稼ぎでは、やってられない感も。
 今おもえば不謹慎ながらリーマンショックは天の恵み。これがきっかけで某区の不況業種の認定相談窓口に座ることができた。この仕事のおかげで、都合、数百社もの決算書・税務申告書に目を通すことができた。短いながらも経営者と会話を交わすこともできた。こんな案件「ただの作業」と軽んじる方もいたが、それは、ちょっと違うような気もした。まあ、どの区で働くかで、だいぶちがうのだろけども。
 丸2年経った3年目くらいから、意識が変わってきた。職業は中小企業診断士ではなく「経営コンサルタント」なんだと。診断士社会が、若干鬱陶しく感じられるようになってきたのもこの頃からだ。中小企業支援者という枠組みで人的ネットワークを築かないと仕事につながらないような考えが湧いてきました。
 4年目から、直接公的機関から仕事依頼が来るようになった。関東経済産業局の行う中小企業応援センター事業のコーディネータと某区の経営診断員。コーディネータの仕事は、支援機関職員とともに年間100社を超える経営者とびっちり1〜2時間面談、必要があれば専門家派遣。某区の経営診断員は、創業や経営革新の融資のための経営計画の妥当性についての現地調査と診断、事業計画の策定支援。この頃から、一人だと仕事がまわらなくなってきはじめた。でも、要領を得ないのか大した成果は出ず。
 5年目は、前年の仕事を引き継いだ。1年間で150社の企業と面談。かなりの回数の専門家派遣を実施して、数社、経営革新計画承認までたどりついた。また、継続して支援を行っている関与先の改善の成果が手に取るように具体的に見えてきた。
 自分には、どんな6年目がまっているのだろう。


投稿日時: 2012年03月31日 21時48分07秒 投稿者: 6chan - カテゴリー: 中小企業診断士開業

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